- まだ言語化されていないからだの知性のようなもの―『他なる映画と1』より
- 濱口竜介の映画論を集成した『他なる映画と』(全2冊、インスクリプト)の刊行を記念し、最新作『悪は存在しない』へと至るまでの濱口映画の軌跡を、特集上映でたどります。
カンヌ、ベルリン、ヴェネチアの三大映画祭を制覇、『ドライブ・マイ・カー』では米アカデミー賞にも輝き、いまや世界がもっとも注目する映画監督の一人となった濱口竜介。映画を見ながら、映画をつくり、ときどき映画について書いてきた、そう自ら語る濱口竜介の15年にわたるレクチャー・批評・エッセイが、このたび2冊にまとまりました。古今東西、数々の映画が論じられるその著書で、とりわけ照準が当てられているのは、カメラが写す被写体たちの「からだ」と、それをスクリーンで見る私たちの「からだ」、そしてそれらの相互作用によって「映画」が生まれる現場でした。映画に対するそうしたアプローチは、今回上映する作品群を撮り続けるなかで徐々に見出されていったものです。振り返れば、濱口映画に特有のセリフ・声・演技もまた、カメラの前に立った「からだ」たちが織りなす、微細な運動の記録としてとらえられるでしょう。フィクション/ドキュメンタリーを問わず、演者の演技経験の有無に関わらず、映画に映るからだたちの、あるかなきかの、存在の震えに触れること。
8ミリ青春群像劇『何食わぬ顔』から人が写らぬ唯一の掌篇『Walden』まで、20年以上におよぶフィルモグラフィの選りすぐりを一挙上映するこの機会に、ぜひあなたの「からだ」を劇場へとお運びいただければ幸いです。「あと何か」が何かは、そのスクリーンでお確かめください。
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- 上映期間:11/9(土)-11/22(金) ※休館日:11/12(火)、11/19(火)
[鑑賞料金]
通常通り ※『親密さ』は前編、後編、2部構成、『ハッピーアワー』は第一部、第二部、第三部、3部構成となり、各々別料金になります。
[上映作品]
何食わぬ顔(long version) (2002)
PASSION (2008)
永遠に君を愛す (2009)
THE DEPTHS (2010)
親密さ (2012)
なみのおと (2011)
なみのこえ 新地町 (2013)
なみのこえ 気仙沼 (2013)
うたうひと (2013)
不気味なものの肌に触れる (2013)
ハッピーアワー (2015)
天国はまだ遠い (2016)
偶然と想像 (2021)
Walden (2022)
悪は存在しない (2023)
■何食わぬ顔(long version)
2002/98分 ©2002 fictive
監督・脚本・編集:濱口竜介/撮影:渡辺淳、濱口竜介、東辻賢治郎/録音:井上和士/音楽:David Nude、ROMAN
出演:松井智、濱口竜介、岡本英之、遠藤郁子、石井理絵 ほか
友人に言われるままに亡兄の遺作となる8ミリ映画を撮影する野村。彼の煮え切らない態度が周囲を戸惑わせる。東京大学映画研究会にて全編8mmフィルムで撮影された本作は、濱口が敬愛するジョン・カサヴェテス『ハズバンズ』(’70)の影響が色濃い。映画内映画の緻密な構成など、濱口映画のエッセンスがすでに本作には詰まっている。
■PASSION
2008/115分 ©︎東京藝術大学大学院映像研究科
監督・脚本:濱口竜介/撮影:湯澤祐一/照明:佐々木靖之/録音:草刈悠子/編集:山本良子
出演:河井青葉、岡本竜汰、占部房子、岡部尚、渋川清彦 ほか
結婚間近の果歩と智也を祝う席上、智也の過去の浮気が発覚し…。男女5人が揺れ動く一夜を描いた群像劇。渋川清彦、河井青葉、占部房子と、『偶然と想像』や濱口作品の常連になる俳優たちが結集している。第56回サン・セバスチャン国際映画祭、第9回東京フィルメックスへ出品され映画作家・濱口竜介が世界に発見されるきっかけとなった初期代表作。
■THE DEPTHS
2010/121分 © Tokyo University of the Arts Graduate School of Film and New Media & Korean Academy of Film Arts 2010
監督:濱口竜介/脚本:大浦光太、濱口竜介/撮影監督:ヤン・グニョン/照明:後閑健太/録音:金地宏晃/編集:山崎梓/音楽:長嶌寛幸
出演:キム・ミンジュン、石田法嗣、パク・ソヒ、米村亮太朗、村上淳 ほか
韓国人カメラマン・ペファンは日本滞在中に男娼のリュウをモデルとして見出すも、過酷な運命が二人を待つ。濱口作品初参加となった石田法嗣が、さまざまな境界を取り払っていくリュウを演じる。東京藝術大学と韓国国立映画アカデミーによる共同製作作品で、キャストだけでなくスタッフも日韓混成チームで行われた。
■親密さ
2012年/255分 ©ENBUゼミナール
監督・脚本=濱口竜介/舞台演出=平野鈴/撮影=北川喜雄/編集=鈴木宏/整音=黄永昌/劇中歌=岡本英之 出演=平野鈴、佐藤亮、田山幹雄、伊藤綾子、手塚加奈子、新井徹、菅井義久、香取あき ほか
ENBUゼミナールの映像俳優コースの修了作品としてスタートした企画。「親密さ」という演劇を作り上げていく過程をフィクションとして演じる前半と、実際の上演を記録し映画として構成した後半の二部構成で描かれる傑作青春群像劇。現実と虚構が複雑に交錯し続け、虚実の彼岸にあるリアリティーの核心が胸を揺さぶる。
■なみのおと
2011/142分 ©silent voice
監督:濱口竜介、酒井耕/撮影:北川喜雄/整音:黄永昌
津波被害を受けた三陸沿岸部に暮らす人々の対話を撮り続けたドキュメンタリー。親しいもの同士が震災について見つめ合い、語り合う口承記録の形が取られている。未曾有の事態に対してカメラは何を記録し、この被災を伝え続けることができるのか。被災地の悲惨な映像ではなく、映画が「良き伝承者」となるよう、対話と、そこから生成される人々の感情を記録しようとする。
■なみのこえ 新地町
2013/103分 ©silent voice
監督:濱口竜介、酒井耕/実景撮影:北川喜雄/整音:鈴木昭彦
2012年1月から2012年6月に、福島第一原子力発電所から約50キロ離れた場所に位置する福島県新地町に暮らす6組10名への対話形式インタビュー。三部作に共通して、両監督が聞き手として、カメラを正面から向けられる被写体としても登場することから、制作者の倫理的な態度が窺える。「聞く」ことで得られる「いい声」(書籍『カメラの前で演じること』)という経験は、その後制作した『ハッピーアワー』にも大きく示唆を与えた。
■なみのこえ 気仙沼
2013/109分 ©silent voice
監督:濱口竜介、酒井耕/実景撮影:北川喜雄/整音:黄永昌
2012年1月から2013年3月に行われた宮城県気仙沼市に暮らす7組11名への対話形式インタビューの記録。『なみのおと』から一年が経ち、「被災者」の声ではなく、現実にそこに生きる「一人ひとり」の声として対話が記録された。発言は、当事者による一次情報としてただ提示されるのではなく、カメラは声の抑揚や発言者や聞き手の表情など言葉に還元できない要素を捉える。
■うたうひと
2013/120分 ©silent voice
監督:濱口竜介、酒井耕/撮影:飯岡幸子、北川喜雄、佐々木靖之/整音:黄永昌
100年先への被災体験の伝承という課題に対して、東北地方伝承の民話語りから示唆を得て、みやぎ民話の会の小野和子を聞き手に迎え、伝承の民話語りが記録された。語り手と聞き手の間に生まれる民話独特の「語り/聞き」の場は、創造的なカメラワークによって記録され、スクリーンに再現される。映画と民話の枠を超えた新たな伝承映画。
■不気味なものの肌に触れる
2013/54分 ©2013 Sunborn, fictive
監督:濱口竜介/脚本:高橋知由/撮影:佐々木靖之/音響:黄永昌/音楽:長嶌寛幸/振付:砂連尾理
出演:染谷将太、渋川清彦、石田法嗣、瀬戸夏実、村上淳、河井青葉、水越朝弓 ほか
千尋は父を亡くして、腹違いの兄・斗吾が彼を引き取る。斗吾と彼の恋人・里美は千尋を暖かく迎えるが、千尋の孤独は消せない。千尋が夢中になるのは、同い年の直也とのダンスだ。しかし、無心に踊る彼らの街ではやがて不穏なできごとが起こりはじめる…。来るべき長編映画『FLOODS』のパイロット版でもある異色作。
■天国はまだ遠い
2016/38分 ©2016 KWCP
監督・脚本:濱口竜介/撮影:北川喜雄/録音:西垣太郎/整音:松野泉/音楽:和田春
出演:岡部尚、小川あん、玄理
AVのモザイク付けを生業とする雄三は、女子高生の三月(みつき)と奇妙な共同生活を送っている。ある日、三月の妹から雄三に一本の電話が入る。見える/見えない/見せないこと、カメラを向ける/向けられるなど、過去作とも共通した主題が現れつつ、不思議な爽快感も残す。当初クラウドファンディングのリターンとして企画された短編作品。
■偶然と想像
2021年/121分 ©2021 NEOPA / fictive
監督・脚本 濱口竜介/撮影:飯岡幸子/録音:城野直樹 黄永昌/整音:鈴木昭彦
出演:古川琴音、中島歩、玄理、渋川清彦、森郁月、甲斐翔真、占部房子、河井青葉 ほか
親友同士の他愛のない恋バナ、大学教授に教えを乞う生徒、20年ぶりに再開した女友達……。「偶然」をテーマにした3つの物語が織りなされる初の「短編集」。小さな撮影体制でリハーサル・撮影時間を充分に確保し、俳優たちの軽やかでいて繊細な表現を丁寧に映し出す。ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員グランプリ)受賞した。
■Walden
2022年/2分 ©fictive 2022
監督・撮影・録音・編集:濱口竜介
樹々が映る水面を、風が揺らし、アメンボが波紋を広げる。鳥や蝉たちの鳴き声が響くなか、ダグラス・サーク『天が許し給うすべて』(1955)より、ソロー作『ウォールデン』を読むジェーン・ワイマンの声が重ねられる。2022年ウィーン国際映画祭のトレイラーとして作られた、フィックス撮影によるワンショット映画。
■悪は存在しない
2023年/106分© 2023 NEOPA / Fictive
監督:濱口竜介/音楽:石橋英子/出演:大美賀均、西川玲、小坂竜士、渋谷采郁 ほか
長野県、水挽町(みずびきちょう)。自然が豊かな高原に位置し、東京からも近く、移住者は増加傾向でごく緩やかに発展している。代々そこで暮らす巧(大美賀均)とその娘・花(西川玲)の暮らしは、水を汲み、薪を割るような、自然に囲まれた慎ましいものだ。しかしある日、彼らの住む近くにグランピング場を作る計画が持ち上がる。コロナ禍のあおりを受けた芸能事務所が政府からの補助金を得て計画したものだったが、森の環境や町の水源を汚しかねないずさんな計画に町内は動揺し、その余波は巧たちの生活にも及んでいく。
1978年生まれ。2008年、東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作『PASSION』が国内外の映画祭で高い評価を得る。その後も317分の長編映画『ハッピーアワー』(15)が多くの国際映画祭で主要賞を受賞、『偶然と想像』(21)でベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員グランプリ)、『ドライブ・マイ・カー』(21)で第74回カンヌ国際映画祭脚本賞など4冠、第94回アカデミー賞国際長編映画賞を受賞。今年4月より全国で公開している最新作『悪は存在しない』(23)では、第80回ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞(審査員グランプリ)を受賞した。